「港町を吹き荒れた二百億の金塊旋風」(「話のタネ本」 昭和38年)
つらつら惟(おもんみ)るに、埋蔵金に関はる話柄も昭和の遺物かと。嘗て喜多見にあった超常現象専門古書店でも、棚の隅に角田喜久雄や畠山清行の書冊が並んでおりました。そこで今回は、「日本海海戦のさなかに自沈したロシヤ特務艦の金塊をめぐって上を下への大騒ぎ」てふ惹句が躍る「ゴールドラッシュ物語 港町を吹き荒れた二百億の金塊旋風」(「話のタネ本」 昭和38年12月24日 100~1頁 挿絵3点 日本文芸社)。
「昭和三十四年のことである。山陰の地図にも出ていないちっぽけな漁港相浦は、眼を血走らせた人々でごったがえしていた。いままでこの界隈で見かけたこともないような高級車が町を走りまわり、旅商人しか泊まったことがない数軒のオンボロ旅館は超満員。町長以下、町の有力者たちが羽織、袴に身をかためてウロウロすれば、空には各新聞社のヘリコプターが入れかわり立ちかわり飛来するといった有様である。閑静そのものだったこの町の住民たちも、落ち着いて仕事などはしていられぬらしく、沖のほうばかり眺めてては『二百億円の金塊……』と、うわごとのように呟くのだ。」
「事の起こりは…。明治三十八年五月二十八日…。日露戦争の真ッ最中…。日本海海戦で…、帝政ロシヤの誇る艦隊はさんざんの目に逢わされたわけだが、その中の一隻…イルテッシュ号は、単独で逃げに逃げた挙句この港の沖までやっ」と「来たところで力つきて白旗を掲げた。乗組員は全員おとなしく降伏したものの翌二十九日未明、突然自沈した。原因不明である。舞鶴鎮守府」は「このイルテッシュ号を沈んだまま競売に付し、船体の権利」が「県内の屑鉄商の手に…。」「だが、…沈んでいる場所は、特別深い海底…。しかも…潮流が早い。とても船体の引き揚げなどできるものではない…。…屑鉄商は、他へ権利を売り渡した。」買った「者は…沈没場所を調べたうえで、諦めてまた別の人間に転売する。」最後に「福井県の田舎で百姓を営む…爺さん」が所有したものの、「脳溢血で急死…。残ったのは、…連れ合い」の「婆さんである。」
「…婆さんは、…爺さんの残し…たものを整理…、イルテッシュ号の事務長の日記…を発見した。…同じ村に帰省中の大学生に翻訳してもらって驚いた。日記には《全艦隊三十六隻の金貨、貴重品をイテルッシュ号に集めた》と記してあり、さらに《金塊二百八十キロの積載》」とも。「騒ぎは村じゅうに拡がり、さらに全国に撒き散らされた。『現在の潜水技術なら、イルテッシュ号の金塊は引き揚げられるぞ』しかも…婆さんは…『首尾よく金塊が揚がったら、この町へ一割寄付しますよ』と約束した。「二百億の一割だと二千万だ』町はさらに騒がしくなった。…引き揚げた金塊を買おうと、貴金属商の番頭たちがつめかける。…一儲けをたくらんでか、目つきの良くない一発屋が風のようになだれこんだ。」
「が、苦心の結果引き揚げた鉄製の箱の中身はロシヤ軍の使用していた火薬だった。水びたしになって泥のよう…な…旧式火薬など、一文の価値もあろう筈がない。一ヶ月の熱風の渦…。ジャーナリストも、銀行マンも、貴金属商も、それから一発屋たちも、潮のひくように散って行った。…気の毒なのは、この町のひと握りの娘たちだ。彼女たちは不意に訪れたゴールドラッシュにすっかり浮かれ、…押しかけた他国の男たちにもてあそばれたのである。中には、こっそり逃げ出した一発屋のあとを追い、髪ふり乱して駅へかけつける人妻もいた。」
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